・演技について→3、声→練習法・ベクトルを調整する

声の五要素の一つ、ベクトルの稽古について書きます。
五要素とは言ったものの、ベクトルだけは異質です。ある意味では強弱のことでもあるからです。


他の項でも少し書きましたが、声には方向と距離があります。明確にあります。
普通、野球のピッチャーがボールを投げるときは、どこに投げるか明確に目標を持ちます。
それと同じように声も、どこに投げるか明確に目標を持つことができます。

目に見えないため一般には意識されていませんが、声もボールと同じように飛んでいくのです。


意識しない場合、声は、どこへ飛んでいくか人によってまちまちです。
常に拡散している人もいますし、どこにも飛ばず、自分の中に向いている人もいます。前者は一般に言う「声のでかいうるさい人」で、後者は「内気で小声な人」です。

聞き取りやすい声というのは、距離と方向が合っている声のことです。
私はよく愛の言葉を例に使いますが、恋人がいる人は「好きだよ!」と耳元で叫んでみて下さい。多分嫌な顔をされます。それは言葉の内容よりも、声自体が気に障るからです。

一メートルの距離にいるなら、一メートルの距離に相応しいベクトルで。
ゼロ距離にいるなら、ゼロ距離に相応しいベクトルで。

ベッドの上で「好きだよ」と小声で囁くことが(ベクトル的に)正しいことだと多くの人は知っています。
でも日常でも同じようにベクトルを意識する人は少ないのが現状です。





とまあ、前提はこのくらいにします。
何故稽古のことを書くのにこれだけ前提を並べるかというと、やはりベクトルが五要素の中で最も解りにくい、実感しにくい要素だからです。
ベクトルを身につけるなら、ベクトルとは何かを理解していなければなりません。


さて、具体的な稽古ですが、二段階あります。方法は簡単です。
まず、一段階目ですが、以下に手順を書きます。


1,稽古場のどこかに立ちます。
2,声を飛ばす対象を三、四点定めます(机の上に乗っているペットボトル、天井についているスピーカー、黒板に書いた点、など)。
3,対象に向けて、普通に発声をします。最初は長音で、そのうち短音に変えていくといいです。
4,発声をしながら、飛ばす対象を変えていきます。


これだけです。
4については、例えば近い距離にあるペットボトルから、遠くにある黒板の点に変えた場合、声をもっと遠くまで飛ばさなければならない、という感じです。
ただし最初は方向だけを意識するために、距離は同じくらいのものを対象にしたほうが良いでしょう。

まずはそうやって一人で、自分の声とベクトルというものを色々試してみて下さい。
ただしこの第一段階では、そのベクトルをうまく操れているかどうか確かめることができませんから、慣れてきたら第二段階目に進みます。

二段階目は、対象を人にするだけです。
稽古仲間二、三人にある一定の距離を取って立ってもらいます。最初は正面を向いてもらい、かつ自分からほぼ同じ距離に並んでもらうのが良いでしょう。

その状態で、方向だけを意識して呼びかけます。
先ほどと同じように単なる発声でもいいですが、台詞のほうが実践的です。「ねえ、そこの格好いいお兄さん」とか「愛してます」とか、呼びかけなら何でもいいです。

呼びかけてみて、呼びかけられたと思った人には手を挙げてもらいます。正しくベクトルが操作できているなら、思ったとおりの人が手を挙げてくれます。

慣れたら本当は、対象には後ろを向いていてもらうほうが良いです。
みんなバラバラの方向・距離にいて、呼びかけてみる。それで狙いどおりの人が手を挙げてくれたら、ある程度はベクトルを操れていると考えて良いでしょう。




やってみると解りますが、結構楽しいです。
全く見当違いの人が手を挙げたり、全員手を挙げたり、挙げなかったりします。

ベクトルは複雑な要素ですが、操れるようになるとその分楽しいですし、演技の幅も広がります。