・演技について→3、声→「声を出す」のではなく「喋る」。

前の項で書いた発声の五要素のうち、私が最も重要だと思う「ベクトル」についてです。

「遂にここまで来たか。待っていたぞ順次」

こんな台詞があったとします。
舞台上には台詞を発した男と順次。男は上手(客席から見て舞台の右側)に立ち、順次は下手(左側)から出てきます。
順次が現れた瞬間男は振り向き、上の台詞を言うのです。

「遂にここまで来たか! 待っていたぞ順次!」

こんな感じで台詞を言う役者がいます。
終始、叫ぶ感じです。発声とは腹式呼吸を使って大きい声を出すことだ、と勘違いしている役者です。
何故か高校生に多く、あと大舞台ばかり観に行っている中級者にも多いです。
残念ながらこれでは微細な感情は表現できません。どんなに強弱や緩急を駆使しても駄目です。


どう言えばいいと思いますか?

言い方は色々あります。
「遂にここまで来たか」を押し殺したように言い、「待っていたぞ順次」で順次へ視線を向けるとか。
「遂にここまで来たか待っていたぞ……順次」と、順次の前に間を置くとか。
まあ特に正解はないのですが、気を付けてほしいのがベクトルです。




役者が声を出すときは、必ず「どの方向に」「どのくらいの距離へ」発するのか考えて下さい。
何にも考えてない人や、客席に声を届かせることしか考えていない人は最初の例のように、叫びがちです。
結果的に声が拡散して、うるさい印象になります。

客席全体に向けるんだから拡散していいじゃん、と思う人は考えを改めて下さい。
拡散すれば全体に向かうと考えるのは大きな間違いです。むしろ一人に向かって喋っていると全員が「こっちに向かって喋っている」と感じます。
拡散すると全員が「誰かに向かって喋っているな」と自分以外に声が行っていると感じるのです。


と、いうわけで台詞を向ける相手の方向に、適度な距離の声を出して下さい。
例えば「好きだよ」と告白するシーンで相手を突き抜けるくらいの声量を用いたら感情は伝わりません。
相手の胸にストンと落ちるくらいの感じで「好きだよ」と投げてみて下さい。

うまくいけば相手は「あ、今ちゃんと来た」と解ります。
投げられたほうは、素人でも解ります。




もう少し解りやすい例を出しましょうか。
あなたに恋人がいて、耳元で「好きだよ」と言ってもらうとします(例が「好き」関係ばっかですみません。出しやすいので)。

耳元なのに大声で「好きだよ!」と言われたら「うるさい」と思うでしょう。
言葉は合ってるのに距離が間違っているのです。

ふっ、とささやくように「好きだよ」と言われたら相手が誰であっても「来た」と思うでしょう。
好きな相手ならどきっとするでしょうしそうでないならぞわっとするでしょう。
それがベクトルの効果です。


ベクトルが合っていると、台詞の効果は二倍にも三倍にもなります。
お客さんが今まで台詞の意味で感動していたのが、ベクトルが合うことによって非常にダイレクトな、意味を越えた感動になります。それは言葉による感動ではなく、声による感動です。

役者は台詞を声に出して読むものではありません。
喋るものです。
自分のものにして、相手に向かって喋るのです。

二人の役者が喋っていて、ベクトルがしっかり合っているとき、それだけで舞台は面白くなります。
いわゆる「会話のキャッチボールが成立した」状態です。


練習として、普段の会話からベクトルを意識してみるといいかもしれません。
近くから遠くから、色んな距離と方向を試してみて下さい。